そよ風のつぶやき

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東京五輪入場制限は6月に最終判断!そもそも五輪は開催すべきなの?

今世界は未曾有のパンデミックに脅かされていますね。

 新型コロナウイルスは世界中に広まり、

1日で数万人もの死者が発生しています。

 そんなコロナウイルスの中で日々議論に上がっているのが五輪です。

 

数年前は五輪が日本で開催ということで大いに盛り上がったのですが、

蓋を開けてみればパンデミックの中で開催という難しい判断に迫られています。

 そんな五輪は入場制限をかけるかは6月に最終判断がされるとのことです。

 

ただそもそも五輪は開催すべきなのでしょうか?

 ここでは五輪は開催すべきなのかについて様々な角度から解説をしていきます。

 

 

国民の多くは五輪に反対!?

  

五輪というのは日本に大きな力を与えました。

 1964年に行われた東京五輪は日本の戦後の復興と高度経済成長の象徴として、

日本に大きな活力を与えその後の日本にも大きな影響を与えました。

 

そんな東京五輪2020年に開催されると決まると、

日本中は熱気に包まれましたね。

 

しかし、オリンピックイヤーも迎えた20203月に、世界中に新たな疫病として、

新型コロナウイルスパンデミックが発生します。

 

当初2020年の7月に行われる予定であった東京五輪1年間の延期が決定し、

2021年の723日から88日に開催されることが決定をしました。

 

しかし、パンデミックが世界中で収まっていなく、

ワクチンも国民に接種が進んでない状況での五輪開催に、

国民の多くが疑問を持っているのが事実です。

 

実際、アンケートをとってみたところ東京五輪

中止するべきと考えている人は7割にも及び、

東京五輪を開催してほしいと考えている人を大きく上回る結果となりました。

 

また集客という点でも大きな課題が未だ解決をしていません。

 

現在、東京五輪は外国人観客の招き入れは中止の方向を固めており、

あとは国内客を入れるかの協議に入っています。

 

その結果は6月には決定されるとなっていますが、

どっちにしても五輪で集客となると密は発生してしまいます。

 五輪でクラスターが発生となっては元も子もないですね。

 

他にも海外選手やスタッフからのウイルスの持ち込みや、

選手村でのクラスターの可能性を考えると、

確かに五輪を開催する意味はあるのか…と、考えてしまいますね。

 

 

東京五輪の中止は2回目!?

  

五輪ですが、実は過去5回ほど中止になっています。

 そのほとんどが戦争が理由になっているのですが、

実は日本も過去に五輪が中止になった過去があります。

 

しかもそれは東京開催であり、

もし2021年の東京五輪が中止になったとしたら、

史上初の同一開催地での2回開催中止となります。

 

では東京五輪の中止について解説をしていきます。

 中止になった東京五輪1940年に開かれる予定であった東京五輪です。

 この大会では日中戦争の影響が大きくなり日本政府が、

五輪開催権を返上しました。

 

ちなみにこの時の大会案は1964年の東京五輪にも生かされ、

アジア初の五輪として成功をしました。

 

実はこれに加えて、日本ではもう一つ中止になった五輪があります。

 それは同じく1940年に開催予定であった札幌五輪です。

 

当時は夏季五輪と冬季五輪が同年に行われる他、

夏季五輪の開催地に冬季五輪開催優先権があったので、

1940年には札幌で五輪が行われる予定でした。

 

この札幌五輪も上記の理由で中止をされ、

日本は唯一過去2回の五輪中止を経験しています。

 

仮に2021年の東京五輪が中止をされたら3回目となり、

6回中3回の中止がが日本という不吉な結果となります。

 

もはや呪われているのではないかと思ってしまう東京五輪ですが、

やるからには安全に配慮してしっかり開催してもらいたいですね。

 

 

まとめ

 

東京五輪ですが、現時点では開催も正式に決定もされておらず、

入場制限もどうなるかわかっていません。

 

国民の多くも東京五輪を中止すべきと回答しており、

安全性を考えると中止も致し方がないとも言えます。

 

実は過去に1940年の東京五輪は中止になったことがあり、

今回もし中止になったら2回目、そして1940年の

札幌五輪の中止を含めると3回になります。

 

ただどっちにしろ開催をするのなら安全に最大限配慮した五輪にして、

世界を勇気づけてもらいたいですね!

東京の高円寺阿波踊りの歴史は?特徴と見どころは?

夏には、日本各地でお祭りが開かれますが、夏祭りの代表格といえば阿波踊りですよね!

東京都杉並区高円寺では、毎年8月下旬に「高円寺阿波踊り」が開催されます。

 

そんな阿波踊りですが、元祖は徳島県内の各地域でおこなわれる盆祭りです。

毎年8月12日から15日の間、徳島で開かれます。

 

特に徳島市阿波踊りは県内最大のもので、全国的にも有名な盆踊りです。

「ヤットサ~ヤットヤット」「エライヤッチャ~」の掛け声とともに、一度見たら忘れられない踊りです。

 

「踊る阿保に見る阿保 ~おなじ阿保なら踊らにゃ損損」あなたも一度はこのフレーズを聞いたことがありますよね。

 

特有のリズムに合わせて舞う阿波踊りには、なんともいえない魅力があります。この有名な阿波踊りですが、徳島に次いで盛んなのが、東京高円寺の阿波踊りです。

 

今では本場徳島にひけをとらない規模となった東京高円寺の代表的な阿波踊りの歴史を紹介します。

 

目次

  1. 東京の高円寺阿波踊りの歴史は?

  2. 高円寺阿波踊りの特徴は?見どころは?

  3. まとめ

 

東京の高円寺阿波踊りの歴史は?

 

東京高円寺阿波踊りは、東京都杉並区高円寺において、毎年8月下旬(最終の土曜・日曜)に開催される阿波踊りです。

徳島市阿波踊り」に次ぐ大会規模で、東京周辺では最大規模の阿波踊りです。

 

さて、阿波踊りの始まりは、なんと400年前まで遡ります。

大正時代から昭和時代までに渡り徳島県外へ紹介され、全国へ認知されるようになりました。

 

第二次世界大戦により、一時期活動が自粛されましたが、戦後は日本の復興を込めて阿波踊りを踊る人が増え、全国へと広がっていきました。

 

もともと商店街向きの阿波踊りは、徳島の踊り手が徳島県外に出張し、徳島県人会などによって伝えられたとされています。

 

そして、徳島とは縁もゆかりもない東京の高円寺で、1957年から阿波踊り踊られるようになりました。

 

阿波踊りが始まる前の高円寺は、田舎で特徴もなく、当時は商店街が行う「阿佐ヶ谷七夕まつり」が人気でした。

 

この人気に便乗して、高円寺の商店街の青年部が考え出したのが、高円寺阿波踊りだと言われています。

 

当初は、誰も阿波踊りを知らないため、「高円寺ばか踊り」として第一回の祭りを行うことになりました。

 

お囃子を依頼したものの、演奏されたのは「佐渡おけさ」が流れるという、初めはなんとも的外れなお祭りだったと言います。

 

その後、本場徳島に遊びに行ったり、踊り手に指導を受けたりしながら踊りの技術も向上させ、東京でも有名なお祭りと称されるようなりました。

  

高円寺阿波踊りの特徴は?見どころは?

 

高円寺阿波踊りには、本場徳島の阿波踊りと同じように「連」と呼ばれる踊りのグループがあります。

 

連には地域住民などで構成された一般連や、阿波踊り振興協会などの団体に加盟する有名連、学生で構成される学生連、企業で結成した企業連、このほかに首都圏の各地からもさまざまなグループが参加し、約150連、一万人の踊り手が参加します。

 

阿波踊りの見どころは、各連の演舞や衣装、演奏です。

連ごとに独自の個性を活かした異なる華やかな衣装を身にまといます。

 

女性は浴衣姿に笠をかぶり、男性は浴衣姿に手拭いをかぶり、三味線・笛・太鼓といった鳴り物による演奏に合わせて踊ります。

特に、大きな和太鼓を打ち鳴らす迫力は圧巻です。

 

3時間ほど渡り歩いた後は、各連の演舞となり、感動的なラストを迎えます。

  

まとめ

 

簡単ではありますが、高円寺阿波踊りの歴史と特徴、見どころを紹介しました。

徳島市が発祥の阿波踊りですが、現在は日本各地で楽しまれています。

 

その中でも高円寺阿波踊りは、都会の光景と、古き良き時代の歴史の光景が入り混じった、不思議な感覚に浸ることができます。

 

踊り子との一体感、参加者全員が幸せになれるお祭り、素敵ですね。

東京の夏の終わりに阿波踊りを見ながら、興奮冷めやらぬ夜を体験しませんか!

今さら聞けない!文化の日ってどんな日!?由来や意味は?

毎年11月に入ってすぐに訪れる祝日に「文化の日」があります。
祝日の中でも比較的認知度が高い祝日ですので、秋頃の祝日を聞かれると文化の日を挙げる方も多いと思います。

 

しかし、文化の日が制定されるまでの由来や意味まで知っているという方は、意外と少ないのではないでしょうか。


今回は文化の日が制定されるまでの道のりや、どの様な行事が行われているのかを見てみましょう。

 

文化の日っていつ?どうしてその日になったの??


文化の日は毎年11月3日です。国民の祝日に関する法律祝日法)の第二条によると「自由と平和を愛し、文化をすすめる」という趣旨があります。

 

1946年(昭和21年)の同日は日本国憲法が公布された日でもあります。
その後、1948年(昭和23年)に公布・施行された祝日法文化の日と正式に制定されました。

 

文化の日の休日としての歴史をさかのぼると、1873年明治6年)に太政官と呼ばれる日本で1868年(慶応4年)~1885年(明治18年)の内閣制度が発足するまで設けられていた官僚があります。

 

この太政官らによって公布された明治時代初期の法令の形式により、1911年(明治44年)までは天長節、1927年(昭和2年)~1947年(昭和22年)までは明治節として明治天皇の誕生日として国民の間では広く親しまれていました。

 

その後、祝日法によって現在に至るまで文化の日として親しまれてきた訳ですが、祝日法を制定時に中心人物となっていた山本勇造という人物がいました。

 

山本が属していた参議院側は元々11月1日を文化の日とする予定でした。

GHQ側と対立し、施行日がメーデーと重なる等諸事情により11月3日に決定したという経緯があります。

 

ちなみに公布された日本国憲法は半年後の1947年(昭和22年)5月3日に施行された為、
5月3日は憲法記念日として、現在国民の祝日となっています。

 

文化の日にはどんな事が行われている?


文化の日には主な行事として皇居にて文化勲章親授式が行われます。
文化勲章とは1937年(昭和12年)2月11日に昭和天皇によって創設されました。


文化勲章対象者は芸術や文化の発展等に功績を残した者が対象となり、現在でも文化勲章受章者はメディアにも取り上げられ話題になりますね。

 

しかし、過去には文化勲章を辞退する人もいました。どの様な人達だったのでしょう。


・1955年(昭和30年)…河合寛次郎
・1968年(昭和43年)…熊谷守一
・1994年(平成6年)…大江健三郎
・1995年(平成7年)…杉村春子


公になっている辞退者はこの4名です。彼らは自身の信念や考え方によって辞退をした様です。

 

他にも海上自衛隊において基地に停泊している自衛艦を船首から船尾まで信号旗を取り付け装飾する「満艦飾」という事が行われています。普段間近で見る事が出来ない自衛艦が見れるチャンスとして例年賑わいを見せています。

 

文化の日は日本各地で様々な行事が開催されている!?


文化の日には文化にゆかりのある美術館や博物館、科学館等が無料開放される日でもあります。


ここで2020年(令和2年)の文化の日付近に開催された東京での無料開放場所を少し紹介します。

 

国立科学博物館
葛飾区郷土と天文の博物館
東京国立博物館


等様々な場所で解放されていました。

地域によっては博物館や美術館にとどまらず、植物園や自然公園等も無料開放されている場所もあります。

 

尚、各施設によって入館料のみ無料や一時展示ブースが有料となっているケース、小学生以下無料等条件が色々異なっています。訪れる際は事前にインターネットで調べてから行く事をお勧めします。

 

文化の日には日常の忙しい喧噪を少し離れて、是非一度お住まいの都道府県の文化に触れてみてはいかがでしょうか。

十日夜とは一体どんな日!?月見の行事?

日本の行事の一つに「十日夜(とうかんや、とうかや)」と呼ばれる日があります。


字体をみると日付と夜が付く所から旧暦の8月15日の「十五夜」や同じく旧暦の9月13~14日にかけての「十三夜」等の行事が脳裏をよぎった方もいるのではないでしょうか。

 

特に十五夜中秋の名月と呼ばれる程の月見に適した行事ですので、十日夜も何となく月に関する行事を連想してしまいがちです。


では、十日夜とは一体どんな日なのでしょうか。行事内容を見てみましょう。

 

そもそも十日夜っていつ?どこで行われている?


十日夜は旧暦の10月10日の夜に行われる収穫祭です。
旧暦の10月10日頃は、育ててきた稲の収穫時期を迎え収穫が行われる頃です。
その為、十日夜は「刈り上げ十日」とも呼ばれます。

 

古来、日本において十日夜を迎える時には、稲の刈り取りが終わり、田の神が山に帰る日とされていました。

 

田の神とは農耕を行っている民の間で、稲作の状態を見守り五穀豊穣をもたらしてくれる神様だと信じられていました。
作神、農神、百姓神、野神等地域によっては色々な呼び名があります。

 

収穫祭と聞くと日本全国で行われている行事かと思いきや、十日夜を開催しているのは甲信越地方から東北地方にかけての北関東を中心とした範囲なのです。

 

十日夜は各地で行われている行事が違う!?


十日夜で共通している点は田の神に稲の実りを感謝し、翌年の五穀豊穣を祈願する為にぼた餅等を奉納します。

 

これ以外の行事内容については、各地で行われる事が少し違ってくる様です。
長野県では「案山子上げ」と呼ばれる行事があります。


これは普段田んぼに立って作物を見守ってくれている案山子を神様に見立てて、十日夜になると田んぼから引き揚げ、家の土間や庭先に置きます。
そして、その年に出来た作物や餅を供えて祀るという風習があります。

 

群馬県や埼玉県ではその地域の子供達が活躍します。その地域で収穫した稲の藁を使って1本の棒を編み、その先に持ち手となる輪を取り付けた「藁鉄砲」と呼ばれる道具を作製します。

 

子供達は、この藁鉄砲を持って振り回して地面に激しく叩きつけます。
この時一緒に民謡が歌われますが、歌われる民謡は地域によって違いがあります。

 

この行事の由来は地面の神様に元気になってもらうといった言い伝えがあり、他にも地面に住むモグラやネズミといった作物に害を及ぼす動物を追い払うといった目的もあります。

 

西日本側にも収穫祭はある!?


東側の十日夜とは対称に西日本側にも刈り上げ行事があります。
それは「亥の子(いのこ)」と呼ばれています。

 

亥の子が始まった由来は諸説あります。その内の一つに中国では10月に餅を食べる
風習があり、これが日本の宮中行事に取り入れられ、貴族や武士にも広まりました。


それが最終的に農民にまで普及した事が始まりとされています。

この時に食べられる餅を「亥の子餅(いのこもち)」と言います。


亥の子(旧暦の10月、亥の日)の亥の刻(午後10時頃)に食べます。
餅の表面に焼きごてを使って猪の体の模様を焼き付けた餅や紅白餅、小豆をまぶした餅等、地域色豊かな餅を各家庭で食べるのです。

 

亥の子は十日夜に似ている点もあります。十日夜では藁鉄砲が用いられていましたが、
亥の子では「亥の子石」と呼ばれる石が用いられます。


円形や球形の石の周囲を縄で結び、その縄を子供達が引く事で石が上下し地面に叩きつけられます。

 

この行事を子供達が一軒一軒各家庭の庭先で行って回ったのです。
この行事の後は、その家庭からお菓子やお小遣いが振る舞われました。


しかし、振る舞いが無かった家には悪態の内容を含む歌が歌われました。
子供達が一軒一軒家を回る様子を想像すると現代のハロウィンのようですね。

 

ちなみに、この亥の子が近づく季節になると張り切りすぎる子供が続出し、勉強がおろそかになるという理由で亥の子の行事が衰退していってしまった地域もあった様です。

 

私たちが普段当たり前の様に口にしている食べ物ですが、今年の十日夜は先人達にならって食べ物の恵みに感謝する事も大切かもしれませんね。

クリスマスはどうして12月25日?クリスマスの豆知識を紹介!

12月のイベントといえばクリスマスですよね。

 

クリスマスが近くになると街はイルミネーションで華やかに飾られ、様々なイベントも行われます。

 

そんなクリスマスですが、どうして1225日に行われるようになったのでしょうか?

またその他にもクリスマスの豆知識なども気になりますよね。

 

ここではそんなクリスマスについて解説をしていきます!

 

クリスマスはキリストの誕生日ではないの!?

 

クリスマスが1225日である理由について、よく勘違いされがちクリスマスはイエスキリストの誕生日だということです。

 

しかし、実はこれは間違いです。

クリスマスはイエスキリストの降誕祭とされています。

 

降誕祭と誕生日とは違っていて、誕生日を祝っているわけではありません。

聖書ではイエスキリストの正確な誕生日を定めていません。

 

なので、クリスマスはイエスキリストの誕生日を祝っているわけではなく、イエスキリストの誕生を祝う日ということです。

 

ではなぜそんなクリスマスが1225日になったのでしょうか?

一説には古代ローマで行われていた祭りが関係しています。

 

古代ローマでは1225日に来季の豊作を祈る農耕のお祭りが行われていました。

これは古代ローマでは1225日近辺に冬至を迎え、これから陽の光が伸びていくことを新しい生命の誕生と考えていたからです。

 

そして、キリスト教が誕生した際、広く民衆にキリスト教を布教するために、この農耕のお祭りに合わせて、イエスキリストの誕生祭を1225日に決定しました。

 

陽の光をイエスキリストと捉えることで、より信仰をしやすくしたのですね。

その結果、クリスマスが広く伝わり、今でも1225日がイエスキリストの生誕祭とされています。

 

クリスマスの豆知識を紹介!

 

クリスマスは世界中でお祝いされていることもあり、様々な豆知識もあります。

では続いてクリスマスの豆知識について紹介をしていきたいと思います!

 

・サンタクロースは実在する

 

クリスマスといえばサンタクロースをイメージすることが多く、サンタクロースの元となった人は実在します。

 

サンタクロースは4世紀頃に実在した司教であるセントニコラスが元になっています。

 

セントニコラウスは慈悲深い人物であり、貧困の子供たちに向けて、煙突から金貨を投げ入れていたとされています。

 

そんなセントニコラウスと、北欧神話の伝説などが合わさり、今のサンタクロース像がいつしか出来上がっていきました。

 

・トナカイの時速は5万キロ!

 

サンタクロースといえば相棒はトナカイですよね。

 

サンタクロースはクリスマスイブの日にトナカイのソリに乗って、世界中の子供たちの家を回らなければなりません。

 

そんなトナカイの時速を調べてみると、時速5万キロという結果になります。

 

音の速さは時速1200キロであり、サンタクロースとトナカイは音を置き去りにして、

ソニックブームとともに世界中を回っていることになりますね。

 

まぁ、あまり突き詰めると夢がなくなるので止めておきましょう。

 

ちなみの本物のトナカイの場合は時速60キロから80キロで走ることができるので、

それでも十分に早いですね。

 

・トナカイは全員メス

 

トナカイは本来オスとメスがいて、その生態においてオスは冬にツノが抜け落ち、メスは夏にツノが抜け落ちます。

 

鹿の仲間の中でメスにもツノがあるのは珍しく、ということはクリスマスシーズンにツノが成長をしているのはメスということになります。

 

なのでトナカイの生態から考えると、クリスマスに描かれているツノ付きトナカイは全てメスということになります。

 

こちらも夢がなくなるので、これ以上は止めておきましょう。

 

まとめ

 

クリスマスですが実はキリストの誕生日ではありません。

キリストの誕生日ではなく、キリストの誕生を祝う日でした。

 

そして、1225日がそのように設定されたのは、キリスト教を広く布教をさせるためでした。

 

クリスマスは世界中が祝うイベントです。

これからもクリスマスを通して、世界中の子供たちに夢を与えてくださいね!

「生理の貧困」とその支援

コロナ禍で色んな社会問題が浮き彫りになってきましたね。
その中で、最近「生理の貧困」による生理用品を無料配布するニュースを耳にするようになりました。


生理の貧困とは、十分に生理用品や生理に関する教育を得ることが出来ない状況を指します。


例えば生理痛やPMS(月経前症候群)、生理不順に悩んでいるのに病院へ掛かれない。親や保護者へ相談が出来ないなどが、問題の一例として挙げられます。


生理の貧困問題に取り組む団体が行った調査によると、学生の5人に1人が「過去一年以内に金銭的理由で、生理用品の入手に苦労したことがある」と回答したようです。


男性だけでなく、もしかしたら同じ女性でもピンと来ない方がいるかもしれませんね。
一体金銭面における生理の貧困とはどういったもので、もし陥ってしまった場合どうすればいいのでしょうか?

 

生理の貧困問題って?


女性の体にのみ起こる生理がどうして金銭面の貧困と関係あるのでしょうか?
一般的に女性は10~15歳程で初潮を迎え、50歳前後で閉経を迎えるまで毎月3日~7日間ほど生理があります。


仮に12歳から初潮を迎え50歳で閉経すると38年間、そして日数を5日間と仮定すると一生のうちに迎える生理は約2,470日分、つまり約6年9カ月以上が生理の日となります。


生理が来ると生理用品が必要になります。
マイナビウーマンが2016年に22~34歳の働く女性を対象に実施した、毎月の生理用品の購入金額のアンケートによると、「500円~1000円」との回答が多かったようです。


なので、仮に毎月の生理用品費用が750円とすると、一生で約34万2000円が掛かるという計算になります。


出産や生理不順など計算に入れていない数字ですが、意外と生理は長いし、非常に金額が掛かります。調べてかなりびっくりしました。


ですが、このアンケートでは生理用品単品、つまりナプキンやタンポンの価格しか聞いていません。


つまり、生理用ナプキンに必須な生理用下着や、個人差がありますが生理痛による鎮痛剤、医療費等の値段は入っていません。


先程の金額はあくまでも生理用品単品なので、大多数以上の女性はもっと金額が掛かっていますし、人によっては一生に100万円以上必要な方もいます。
一生分とはいえ、100万円は大層な数字ですね。宝くじで当たる金額です。


消費税も入れると更に高額になってしまいます。あまり考えたくない金額ですが、これが生理と付き合う女性の金銭面の現実です。


実はこの問題は昔からあり、コロナ禍によって注目され始め、対策もとられ始めました。


支援はあるの?もし貧困状態になったらどこを頼ればいい?


現在コロナ禍による収入減により、生理の貧困に悩む女性は増加傾向にあります。
3月23日に政府は生理の貧困問題を受け、約13億5千万円を経済的に困窮している女性支援に充てることを決めました。


また、豊島区(東京都)は若年女性支援団体からの相談や生理の貧困問題を受け、入れ替え時期を迎えた防災備蓄用の生理用品の無料配布を始めました。


生理用品と共にアルファ米やクラッカーなどの非常食も同時に配布しているようです。


豊島区以外にも各地の自治体で生理用品の無料配布を行っていますが、生理用品の配布を行っている自治体もまだ多くない状況です。


筆者が現在居住している地域を調べてみましたが、ここではまだ配布されていないようです。
生理の貧困問題へ他の先進国はどのように対応しているのでしょうか?


イギリス・スコットランドでは、2018年より高校生、大学生を対象に生理用品の無償提供を行っています。


さらに、2020年11月には世界で初となる全ての人を生理用品の無償提供の対象にする法案が可決されました。


ニュージーランドでは、首相が2月に全ての学校において生理用品の無償配布をすると発表しています。


フランスでは、今年の9月には全ての大学生が無償配布の生理用品を入手出来るようにすると発表しています。


このように各国で生理の貧困に対して、対策が取られ始めています。


日本では学校に生理用品を置くことに対し、男女差別などの声も一部上がっていますがこの問題は女性の問題だけではありません。男女問わず皆で一緒に考えるべき問題です。
 

もし、この記事を読んでいる人に生理で困っている方がいましたら、自治体に問い合わせてみてください。

猛暑を乗り切ろう!暑気払い!!

夏になると耳にする「暑気払い」あなたは、やったことがありますか?


「暑気払い」とは、暑い夏に冷たい食べ物や飲み物、体を冷やす効果のある食品や漢方で、体にこもった熱を取り除こうとすることをいいます。


「暑さをうち払う」という意味があり、夏の暑さに疲れた心と体を元気にしようというものです。


年々夏の暑さは厳しさを増し、人の体温以上の気温になる日もあります。暑さによりダメージを受けた体は、体力だけでなく気力も失われていきますよね。


では実際、いつどんなことを行うものなのでしょう?
それは簡単です!暑さを感じはじめた時、体をクールダウンさせる食品をとればいいのです。


暑気払いにピッタリ!夏野菜と夏ドリンク!!


トマト・きゅうり・ナス・スイカといった夏が旬の野菜には水分やカリウムが多く含まれています。汗で失ってしまう水分を補い、体を内側からクールダウンしてくれます。


みずみずしいトマトやきゅうりは、そのまま食べてもとても美味しく、暑い日のおやつにもオススメです。


ほかにも、とうもろこし・オクラ・ズッキーニ・枝豆と、栄養が豊富で夏バテ予防にもなる食材がたくさんあります。


6月〜7月にかけて収穫される「麦」にも、体を冷やす効果があります。
暑い日に冷えたビールやそうめんは、夏の定番です!
ただし飲み過ぎにはご注意ください。適量を楽しみましょう!


近年、夏でも多く飲まれるようになった甘酒も、栄養価が高く、疲労回復や熱中症予防、美容にもオススメです。“飲む点滴”“飲む美容液”なんてよばれています。


人々の中で「暑気払い」が行われるようになった江戸時代にも飲まれていて、京都や大阪では夏の飲み物としてとても人気でした。


江戸時代の夏の平均気温が、今より低かったことが想像できます。しかしそれでも夏は暑いもの。
この時代の人々はどのように暑気払いを行っていたのでしょうか?


江戸時代の暑気払いとは?


江戸の川柳に「枇杷びわ)と桃 葉ばかりながら 暑気払い」という句がのこっています。

「本来、実を食べるはずの、びわや桃の葉ばっかりで申し訳ないが、ここはひとつ暑気払いでも」という意味があります。


川柳にでてくるように、びわや桃の葉を煎じた「びわの葉」が暑気払いとして、江戸(東京)や大阪で売られていました。


びわの葉」には体を冷やす効果や、食中毒の予防としても役に立つと言われており、現代でも健康茶として飲まれています。利尿作用もあり、むくみをとってくれるのでダイエットにも最適です。


漢方では「枇杷葉湯(びわようとう)」とよばれています。
上方(京都)や関東では、本直し(みりんに焼酎を加えたもの)が飲まれており「柳蔭(やなぎ
かげ)」「直し(なおし)」と呼ばれていました。
暑い夏を乗り切るために「薬をのんで暑気を払う」という意味合いで、暑気払いが行われていたようです。


「暑気払いに一杯どう?」なんてお誘い受けたことはありませんか?
今ではすっかり宴会や飲み会のイメージがついていますよね。


生活が進歩し、エアコンなどの普及が進んだ現代では、夏の暑さへの対処法がたくさんあります。


体の元気より心の元気を取り戻すことに重点を置き、ストレス解消を目的としていることが多いのでしょう。(快適に過ごせるがゆえに、逆に暑さに弱くなっていることもありますが…)


しかし、コロナ過の今「みんなでパーッと宴会!」というわけにはいきません。
“旬の食材を旬の時期に”夏には、暑さに疲れた体を元気にしてくれる食材がたくさんあります。


体が健康でなければ、心の健康を保つのも大変。
例年どおりにはいきませんが、栄養たっぷりの夏野菜で「暑気払い」をして、今年も猛暑を乗り切りましょう!

冬至は毎年変わる!2021年はいつ?食べ物について!

日本には四季の他にもたくさんの暦がありますよね。

その中でも冬に訪れるのは冬至です。

2021年の冬至は、1222日です。

 

冬至は陽が最も短い日ということで、少し寂しいですよね。

しかし、そんな冬至ですが、毎年日にちが変わっているのをご存知でしょうか?

 

そして冬至といえば、かぼちゃをイメージする方も多いのではないでしょうか。

ではなぜ、かぼちゃを食べるようになったのでしょう?

 

ここではそんな冬至について解説をしていきます!

 

冬至はどうやって決まっているの?

 

毎年冬至はクリスマス前ぐらいに訪れ、特に祝日などにはなっていないので、そこまで意識をしている人は少ないかもしれません。

 

では、冬至がどうやって決まっているかを解説していきます。

地球の場合1日は24時間と考えられていますが、正確には24時間ではありません。

 

ですので、1年が次第にずれていき、そのズレを修正するために閏年4年に1度あります。

1日が24時間ではない以上暦も少しずつズレていき、そのズレの1つが冬至です。

 

冬至は専門的に言うと、太陽の黄経が270度に達する日です。

太陽が最も南から側から登ることで、早く日が沈んでしまいます。

 

ちなみに2020年の冬至1221日でした。

 

そして次の1221日が2024年であり、その後はまた1222日が続き、2028年と2029年では1221日になります。

 

基本的には1221日から22日になっており、計算は天文学の複雑な計算によって決められているので理解するのは難しいです。

 

冬至の日は一番陽が短い日であり、それ以降は陽が伸びていきます。

 

なので、古来より世界各地では冬至の日を境に世界が生まれ変わると考えられており、

盛大に祝う習慣もある国もあります。

 

冬至はどうしてかぼちゃを食べるの?また柚子湯はどうして入るの?

 

冬至の定番といえばかぼちゃですよね。

冬至に日は何となく、かぼちゃを食べるという人も多いでしょう。

 

しかし、どうして冬至にかぼちゃを食べるのでしょうか?

それはかぼちゃの名前に秘密があります。

 

かぼちゃは別名「南京(なんきん)」と言いますよね。

そして冬至には「ん」がつく食べ物を食べることにより運気が上がると信じられていました。

 

南京でしたら「ん」が二つもついているので、運気が倍上がりそうですよね。

 

また太陽が最も南側から上がるということで、南の漢字が入っているかぼちゃは縁起が良いとされていました。

 

その他にも、かぼちゃ自体には栄養が豊富であり、特にビタミンAとカロチンが豊富です。

 

これらは風邪予防にも最適であり、これから本格的に冬を迎える前に食べておくことで、病気を予防するという考えがありました。

 

このような理由から冬至には、かぼちゃを食べるようになったのですね。

そして冬至の日といえばもう一つは柚子湯です。

 

続いて、どうして冬至の日に柚子湯に入るのかも解説します。

 

柚子は、その読みから「融通」と考えることができます。

 

そして冬至は「湯治」とも考えることができ、冬至に柚子湯に入ることで、

「湯治の融通が効く」つまり湯治の効果が上がると信じられました。

 

正直いうとダジャレのようなものです。

しかし、実際柚子湯には血行を促進する効果があります。

 

血行促進によって病気を防ぐほか、ビタミンCによる美肌効果もあり乾燥も防ぐので、

あながち間違いではありません。

 

なので、今年の冬至はぜひかぼちゃを食べて、柚子湯につかり、

健康に過ごしてみてはいかがでしょうか?

 

まとめ

 

冬至1年で最も陽が短くなる日です。

 

これは専門的にいうと陽の黄経が270度に達する日であり、1日が正確に24時間ではない以上、日にちがズレていきます。

 

基本は1222日になることが多く、時折1221日になったりします。

 

冬至にはかぼちゃを食べることが多く、それは南京という別名が縁起が良く、

栄養も豊富だからです。

 

また柚子湯はダジャレが由来となっており、実際に風邪予防にも効果があります。

そんな冬至を、今年も古来の風習で祝ってみてはいかがでしょうか?